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最高裁判所第二小法廷 昭和25年(オ)140号 判決 1953年9月25日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由第一点について。

原判決の確定したところによれば、被上告人小林はかつて本件宅地上に建坪四七坪五合と二四坪との二棟の倉庫を建設所有し、前者を被上告人時田平八の父熊吉において小林から賃借していたところ、昭和二〇年六月二〇日戦災に因り右二棟の建物が焼失したので、同二一年一〇月上旬熊吉は小林に対し罹災都市借地借家臨時処理法三条の規定に基き右四七坪五合の建物敷地の借地権譲渡の申出を為し、小林の承諾を得てその借地権を取得した。そこで熊吉は小林の同一借地上である限り右坪数の範囲内においては以前賃借していた倉庫の敷地以外の場所に建物を建設しても差支ないものと信じ、その敷地に隣接する本件係争地上に建物を建築することとし、小林も亦同様な見解のもとに右建築を容認したというのである。

元来民法六一二条は、賃貸借が当事者の個人的信頼を基礎とする継続的法律関係であることにかんがみ、賃借人は賃貸人の承諾がなければ第三者に賃借権を譲渡し又は転貸することを得ないものとすると同時に、賃借人がもし賃貸人の承諾なくして第三者をして賃借物の使用収益を為さしめたときは、賃貸借関係を継続するに堪えない背信的所為があつたものとして、賃貸人において一方的に賃貸借関係を終止せしめ得ることを規定したものと解すべきである。したがつて、賃借人が賃貸人の承諾なく第三者をして賃借物の使用収益を為さしめた場合においても、賃借人の当該行為が賃貸人に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情がある場合においては、同条の解除権は発生しないものと解するを相当とする。

然らば、本件において、被上告人小林が時田熊吉に係争土地の使用を許した事情が前記原判示の通りである以上、小林の右行為を以て賃貸借関係を継続するに堪えない著しい背信的行為となすに足らないことはもちろんであるから、上告人の同条に基く解除は無効というの外はなく、これと同趣旨に出でた原判決は相当であつて、所論は理由がない。

次に所論特約の趣旨に関する原審の判断は正当であつて何ら違法の点はないから、これを非難する所論も採用することはできない。

同第二点について。

論旨前半において指摘する原判示部分は、判旨いささか明瞭を欠くきらいがあるけれども、要するに、小林が熊吉に係争土地の使用を許した前記行為を以て背信的行為とはなし得ないことの説明にすぎないことは、判示自体に徴し明かである。そして小林の右行為が背信的行為とはいいえないとの判断自体が正当であることは前記の通りであるから、原判決中所論部分の説明の不備を捉えて、原判決に理由不備の違法ありとする所論は、到底採用することができない。

また論旨後半の小林に背信的行為ありとの主張は、本訴の請求原因とは無関係な事実に関する主張にすぎないから、もとより適法な上告理由となすに足りない。

同第三点について。

原判決が上告人の被上告人時田平八に対する請求を棄却した理由について首肯するに足る説明を与えていないことは、正に所論の通りである。しかしながら原審の確定した事実によれば、係争土地に建物を建築しその敷地を占有する者は時田熊吉であつて、その建築許可申請の便宜上被上告人平八の名義を使用したに過ぎないというのであるから、被上告人平八に対し不法占有を原因として建物収去土地明渡を求める上告人の請求はこの点において棄却を免れず、従つて右請求を棄却した一審判決を維持した原判決は結局正当であるに帰し、論旨は理由がない。

よつて民訴三九六条三八四条九五条八九条に従い主文のとおり判決する。

この判決は藤田、霜山両裁判官の少数意見を除き全裁判官一致の意見である。

藤田裁判官の意見は左のとおりである。

上告理由第一点について。

本件宅地二筆は、もと訴外佐藤一の所有で同人はこれを被上告人小林伝作に対し普通建物所有の目的を以て賃貸し、同被上告人は右地上に倉庫二棟(a、bとする)を所有していたのであるが、同人はその間右宅地上にあるa倉庫を被上告人時田平八の父熊吉に賃貸していた。ところが、右倉庫二棟は、いずれも、昭和二〇年六月二〇日戦災のため焼失した。上告人は、その後右宅地二筆を訴外佐藤一から買受け(昭和二一年四月一五日所有権取得の登記を了す)、佐藤一と被上告人小林伝作との間の本件宅地に対する賃貸借関係を承継して賃貸人となつた。一方a倉庫の賃借人であつた時田熊吉は罹災都市借地借家臨時処理法の規定に基いて、被上告人小林伝作に対し右a倉庫の敷地の借地権譲渡の申出を為し、同被上告人の承諾を得て右借地権を取得したのである。しかるに、右熊吉は昭和二三年三月頃被上告人時田平八の名義を借りて本件宅地上に建坪約二〇坪の建物を建築したのであるが、その敷地の一部は右a倉庫焼跡に跨り、これに接続する西側の部分の上に建設せられた。以上は、原判決が確定した事実関係である。

すなわち、時田熊吉は、罹災都市借地借家臨時処理法によつて被上告人小林伝作から譲渡を受けて自己が借地権を有するa倉庫の焼跡の敷地に右の建物を建設すれば問題はなかつたのであるが、右敷地にも跨るのであるが、自己が借地権を有せず、被上告人小林伝作が上告人から賃借している宅地の上に右建物を建設したというのである。

そうして時田熊吉が右土地を使用するに至つた関係については原判決は、被上告人小林伝作と時田熊吉と「両者合意の上で」同被上告人が右熊吉に対し賃貸借倉庫の焼跡に代えてその接続地の使用を許したものであると認定しているのである。同被上告人が自己の借地の使用を時田熊吉に許した関係を原判決が転貸借と見たものか借地権の譲渡と見たものかは原判文上明らかでないのであるが(記録にあらわれた証拠上は、賃貸借関係のごとく見える。証人時田熊吉証言《記録一三二丁》参照)。いずれにしても賃貸人たる上告人の承諾を得ないで第三者との間に原判決認定のような使用関係を生じたときは賃貸人は民法六一二条の規定にもとずいて被上告人小林伝作に対する賃貸借を解除する権利を取得することは疑のないところである。

原判決は右の関係を生じた事実を認めながら「これがため事実上賃貸人たる上告人に対し聊かでも不利益を与える虞のあることは、全然予想し得ない状況であつたことを認めるに十分である」と判示しているけれども賃貸人の承諾を得ないで恣にその借地上に賃貸人と何ら信頼関係のない第三者をして、多年に亘る土地の使用を必然とする建物を建設せしめるという事実関係は、それ自体賃貸人に対する甚しい背信行為であつて、もとより賃貸人に対して不利益を与えるおそれあるものといわなければならない。民法六一二条が右のごとき事実関係に基き賃貸人に賃貸借解除の権利を与えるはこの趣旨に出でたものであり、原判決が右の場合聊かも賃貸人に不利益を与える虞れなしとすることは原判決の独断である。その採用にかかる証拠によるもかかる事情は認められない。従つて、原判決が、右の場合「社会常識上、上告人においても当然異存なかるべしと考えられる場合である」とすることもその盲断である。

ただ本件において、事情として、考慮すべきは、被上告人小林伝作が時田熊吉をして本件建物をもとの賃借倉庫の焼跡に建設せしめないでその西隣に建てしめたのは「右倉庫敷地の坪数範囲内で被上告人小林伝作の同一借地上ならばこれを他の個所に建築するも何等差支ないものと信じ」てしたのであると原判決が認定していることである。要するに、罹災都市借地借家臨時処理法の不知というか、同法により譲渡せられた借地権の範囲に関する錯誤というかに基いてかゝる事態を惹起したものであることが想像せられる。従つて借地人たる被上告人小林伝作において、故らに賃貸人の信頼を裏切る悪意をもつてしたのでないことは了知せられるのである。であるから、同人において遅滞なく右の誤りを是正し、時田熊吉と協議の上右建物を旧倉庫の焼跡に移転するの措置を講じたならば、万事はそれで解決するのである。しかるに、本件記録の全体を通じても被上告人小林伝作においてかかる誠意ある措置に出でたことはこれをうかがうことはできない(本件建物について工事禁止の仮処分がなされているけれども賃貸人側との協議を以つてすれば、いか様にも適当に措置し得るものと考へられる)。同人においてかかる措置に出でたにかかわらず、上告人側において一旦の違反を理由としてあくまでも被上告人小林伝作に対する賃貸借を解除せんとするならばそれはおそらく権利濫用の問題を生ずるであろう。

原判決としては当事者の主張ある場合には、かかる事情関係を審理確定の上、上告人の解除権の行使を権利の濫用として排斥するならば格別、原判決が本件事態を以て民法六一二条所定の場合に該らないものとして上告人の解除権の発生を否定することは結局、同条の解釈を誤つた違法あるものと云うの外はなくこの点において上告は理由あり、原判決は破棄を免れない。

霜山裁判官の意見は左のとおりである。

私の意見は藤田裁判官の意見と大体同一であるが次のとおり補足する。

訴外時田熊吉において自己の借地権の範囲内に本件建物を建築しないで被上告人小林伝作の借地上に建築(建物の一部は熊吉の借地にも跨る)し、被上告人小林伝作の借地を使用するに至つたのは右両者の合意によるものであることは原判決の確定した事実である。被上告人小林伝作は自己の借地を熊吉に対し建物建築のために使用することを許したのであるからその関係は転貸か借地権の譲受かいずれかに帰するのであつて、いずれにしても賃貸人たる上告人の承諾を得なかつた場合には上告人は被上告人小林伝作に対し賃貸借の解除をすることができるのである。

もとより民法六一二条が賃借権の譲渡、転貸を禁止し、賃借人が賃貸人の承諾を得ないで第三者をして賃借物の使用収益をさせた場合に賃貸人に契約の解除権を与えているのは、賃貸借は継続的契約関係で当事者間の信頼関係を基調とするものであるからであつて民法は賃貸人の承諾を得ない賃借権の譲渡、転貸それ自体をもつて賃借人の背信的行為とみて規定をしているのである。それゆえ賃貸人の承諾を得ない賃借権の譲渡、転貸のうちに背信的行為になるものと背信的行為にならないものとを区別し、背信的行為になるものにのみ民法六一二条が適用され、背信的行為にならないものには右規定の適用がないという趣旨で立法されたものでないことは疑を容れないところである。

原判決は被上告人小林が熊吉に係争土地の使用を許した事情を認定して小林の行為を以て背信的行為でないと判定している。ところでその事情なるものが果して小林の背信的行為を否定するに足るものであろうか。原判決の認定した事情の一は被上告人小林が熊吉に本件土地の使用を許したのは「右倉庫敷地の坪数範囲内で被上告人小林伝作の同一借地上ならばこれを他の個所に建築するも何等差支ないものと信じ両者合意の上で為したもの」であるというのである。ところで熊吉の借地は右倉庫敷地の部分であり被上告人小林の借地はこれに隣接する宅地であり全く別個の借地であることは原判決の確定した事実であるから熊吉はその借地上に建物を建築すべきことは当然の事理である。従つて右倉庫敷地の坪数範囲内で小林の借地に熊吉の建物を建てても差支ないと信じたというが如きは全く法の不知か、もしくは誤解に基く事理に外れた考え方で採るに足らない事情である。かかる考え方で被上告人小林が熊吉に本件土地の使用を許したとすれば悪意はなくても少くとも重大なる過失によつて賃貸人たる上告人の信頼を裏切つたものといわなければならないから右の事情を以て小林の背信的行為でないとすることは失当である。

次に原判決の認定した事情の他の一は「これが為め事実上賃貸人たる上告人に対し聊かでも不利益を与える虞のあることは全然予想し得ない状況であつたことを認めるに十分である」というのである。しかし本件賃貸契約には無断転貸の場合の失効約款があることは原判決の確定しているところで、それによつてみても上告人は被上告人小林を信頼して小林以外の第三者の使用を禁止しているのである。しかるに小林は熊吉に対し本件土地の使用を許ししかも建物を建築させるというのであるから明らかに賃貸人たる上告人に対して不利益を与える虞あるものである。原判決が「これにより毫も上告人に損害を被らしめることなく従つて社会常識上上告人においても当然異存なかるべしと考えられる場合である」と判示しているのは驚くべき暴断であり社会常識上は上告人において当然異存あるべしと考えられる場合である。

なお原判決は「これひつ竟右熊吉の譲り受けた借地権の範囲に関する問題で関係当事者間において容易に是正し得るところであるから」と判示して小林の行為を以て背信的行為でないと説明しているのである。しかし本件は被上告人小林が熊吉に対し賃借倉庫の焼跡(即ち熊吉の借地)に代えてその接続地たる自己の借地の使用を許した事の当否を問題としているのであつて熊吉の譲り受けた借地権の範囲に関する問題ではない。熊吉の譲り受けた借地権の範囲が右賃借倉庫の焼跡であることは原判決の確定した事実で、借地権の範囲については何等の問題はないのである。又右原判決は関係当事者間において容易に是正し得るところであるというけれども被上告人小林の借地上に熊吉が建物を建築した本件のような場合には賃貸人たる上告人の承諾を得なければ問題を解決することができないのであるから関係当事者間において容易に是正し得るものではない。また被上告人小林が熊吉と協議して本件建物を倉庫の焼跡に移転する措置が遅滞なくとられていれば問題は解決できたかも知れないが、小林はかかる措置をとらなかつたので本訴となつたものと認められるのであるから関係当事者間において容易に是正し得るところであるとはいえないのである。

以上要するに原判決が小林の行為を以て背信的行為でないと判定した事情なるものは悉く背信的行為を否定する資料となるものでないに拘らず原判決が小林の行為を以て背信的行為でないとして民法六一二条の適用を拒否したことは同条の解釈を誤つた違法あるものというべく上告論旨第一点は理由があり原判決は破棄を免れない。

谷村裁判官の補足意見は次のとおりである。

霜山、藤田両裁判官の少数意見に対し、私は、次のとおり多数意見を補足する。

民法六一二条は、賃貸借が当事者の個人的信頼を基礎とする継続的法律関係であることにかんがみ、賃借人が、賃貸人の承諾なく賃借権の譲渡又は転貸をなしたときは、賃貸借関係を継続するに堪えない背信的行為があつたものとして、賃貸人において一方的に賃貸借を解除することを得るものとし、以て賃貸人の利益保護を図る趣旨に出でた規定であることは、両裁判官も是認するところである。ただ霜山裁判官は、同条は賃貸人の承諾を得ない賃借権の譲渡又は転貸それ自体を背信的行為となすものであつて、それらの行為を背信的行為に当る場合と然らざる場合とに分け、同条適用の有無を区別するのは不当だ、と論ずる。しかしながら、賃借人が賃貸人の承諾なく賃借権を譲渡し又は転貸する如きは、通常の場合賃貸人をして賃貸借を解除せしめるに足る背信的行為と認むべきことは当然であるが、およそ社会の事象は複雑であるから賃借人が賃貸人の承諾なく賃借権を譲渡し又は転貸した場合であつても、何等か特段の事情があるため、必ずしもこれを右の如き程度における背信的行為とはなすに足らず、むしろ賃借人の当該行為を理由として賃貸人に解除を認めることは、賃貸人の正当な利益保護の範囲を超え、かえつて当事者間に正義衡平の観念と背馳する結果を招来する場合も存し得ることは、何人も否定し得ないところであろう。然らば民法六一二条は、賃借人の背信的行為に対し賃貸人の利益を保護せんとする前記立法趣旨そのものの当然の帰結として、背信的行為と認めるに足らない特段の事情ある場合に関しては、同条の適用が排除されるものと解せざるを得ないのであつて、かかる区別を不当とする霜山裁判官の前記見解には、とうてい賛同することはできない。

次に両裁判官は、原審が認定した被上告人小林の行為は、上告人に対する甚しい背信的行為であるとなし、その理由として、藤田裁判官は、「賃貸人の承諾を得ないで恣にその借地上に賃貸人と何ら信頼関係のない第三者をして多年に亘る土地の使用を必然とする建物を建設せしめるという事実関係は、それ自体賃貸人に対する甚しい背信的行為である」と説明する。しかしながら、この点につき原審の認定した事実関係は本判決理由の冒頭に明な通りであつて、被上告人小林が本件宅地(総面積二〇一坪)の係争部分(以下B地という)に時田熊吉をして係争建物(建坪約二〇坪)を建設せしめたのは、熊吉が右宅地内のB地に隣接する部分(以下A地という)にかつて存在した小林所有倉庫(建坪四七坪五合)の戦災による焼失当時の賃借人として、罹災土地借地借家臨時処理法三条の規定に基き適法に賃借権譲渡の申出をしたため、小林は法律上の義務としてこれを承諾したことによるのであつて、右譲渡につき賃貸人たる上告人の承諾は全然必要としなかつたものである(同法四条参照)。もつとも、右申出に基き法律上小林が熊吉に賃借権を譲渡すべき義務を負うのは、前記A地に関してであつてB地に関してではないが、それにもかかわらず小林がB地に係争建物の建設を許したのは同一借地上ならばA地の坪数の範囲内ではA地以外の部分でも差支がないものと誤信したからに外ならないことは、原判決の確定したところである。然らば小林の右行為は、少くともこれを背信的行為と認むべきか否かの判断に関する限りにおいては、「賃貸人の承諾を得ないで恣に」という如き表現によつて通常印象づけられるところとは、甚しく異つた事情の下になされたものであることを見逃すべきではない。また熊吉は、前記賃借権譲渡の申出により、少くともA地については法律上当然に上告人に対し賃借人たる地位に立ち得べき者であつたのであるから、同人を以て単純に「何ら信頼関係のない第三者」となすことも甚しく当らないと考える。もしまた、A地についてなら信頼関係は問題にならないとしても、B地についてはこれを問題にすべきだと論ずるのならば、それは余りにも形式論に過ぎ、とうてい世人をしてその合理性を納得せしめるに足らないであろう。

以上の外、小林の行為を背信的行為ではないとした原判決の説明の一部に対する両裁判官の非難は、たとい当らずとはしないとしても、むしろ枝葉であり、本件の結論を左右するには足らないと考える。

次に、藤田裁判官は、被上告人小林がもし自己の誤りを遅滞なく是正し、熊吉と協議の上係争建物をB地からA地に移転せしめたにかかわらず、上告人がなおかつ契約を解除せんとするものならば、権利濫用の問題を生ずる余地もあり得るけれども、小林はかかる誠意ある措置をとらなかつたのであるから、上告人の解除権の行使は適法である、と論ずるが、右は全く本件紛争の実情を無視した議論に過ぎないことを明にしておきたい。すなわち、記録によれば、上告人は本件宅地を戦災による焼跡のまま前所有者佐藤某から昭和二一年二月中に買い受け、所有権を取得したものであるが、その一部たる前記B地上に係争建物の建築が始められたのを知るや、時を移さず被上告人等を相手方として工事及び現場立入の禁止等を内容とする仮処分命令を申請し、その命令を得てこれを執行し、続いて本案訴訟として本訴を提起したのである。しかも、当初は、請求原因として被上告人両名を全くの無権利者であると主張し、被上告人平八はもとより小林の借地権をも頭から否定したのであつたが、第一審において敗訴するや第二審に至り始めて、小林が前所有者佐藤から適法に本件宅地を賃借し上告人においてその賃貸人たる地位を承継した事実を認めた上、請求原因を変更し、無断転貸禁止の特約違反及び民法六一二条を理由として被上告人両名に対する本訴明渡請求を維持し来つたのである。右の次第であるから、小林が「遅滞なく右の誤りを是正し、時田熊吉と協議の上右建物を旧倉庫の焼跡に移転するの措置を講」ずることは、法律上不能(仮処分中)であつたばかりでなく、たとい移転すべき旨を上告人に申し出でて諒恕を乞うたところで、上告人がたやすくこれに応ずるであろうことなどはとうてい期待し得ない情況にあつたものと認めるの外はないのである。然らば、藤田裁判官の前記意見は、むしろ難きを被上告人等に求めて、上告人の不当な主張を容認せんとする誤りを犯すに帰するものと評せざるを得ない。

最後に一言附加すれば、時田熊吉はもとよりB地上に建物を建設すべき正当な権原を有するものではないから、上告人は同人に対しその収去を求め得べきこともちろんであると私は解する。ただ以上詳細説明した事情の下における小林の本件所為は、未だ上告人のため民法六一二条の解除権を発生せしめるには足らないとなすものに外ならないのである。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

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